繊細なのに強くなってしまった女性たちへ

五十嵐かおる プロフィール

 

人生の流れを変える宮古島心理セラピスト。

都内でキャリアOLを目指すも挫折し、人間関係がつらかったOL時代に心理学に出会いました。

正直、心理学とか、セラピーとか、自己啓発とか、誰よりも怪しいと思っていたのは私です。

高額な壺を売られると思っていました。

五十嵐

始めたきっかけと思いは?

建築学科卒業後、下積みを経て大手ゼネコンに設計職として勤務。10年かけて夢を叶えたはずが、待っていたのは「早く辞めたい」という気持ちだけ。

上司やお局との人間関係に悩み、会社に行くのも苦しくなって転職を考えていた時に偶然、「カウンセラー」という職種を知りました。

わらをもつかむ思いでカウンセリングのスクールに通い始めてからは、今まで頑張っても上手くいかなかった《謎》が解けていくことにハマり、夢中で学びました。

「1人で頑張る」「人に迷惑をかけてはいけない」がモットーだった私でしたが、たくさんの仲間から「優しさ」もらい、生き方そのものが小さなボタンの掛け違いでうまくいかなくなっていたことに気づいたのです。

自分の良さを知り、日常に活かすことで、苦手だった職場の人間関係や家族関係が自然といいほうに変わっていく。

まるでオセロの黒がいっきに白になるみたいな感覚でした。そんな自分の発見と経験を同じように苦しんでいる女性に伝えたくて、カウンセラーという道を歩き始めました。

 

今までの紆余曲折は?

20歳の頃、こっそりと訪ねた心療内科。しわくちゃのおじいちゃん先生から言われた言葉は、今でも忘れられません。

[box class=”box28″ title=”心療内科医に言われたのは”]君は、見た目によらず繊細だね。[/enclose]

幼い頃から、「しっかりした子」「手がかからない」と言われ、優等生気取りで生きてきた私。

学生の頃は、ボーイッシュな格好をしてバイクで通学。大雑把でガサツ、「男っぽい」と言われていたくらいなのです。

繊細だなんて、「面倒そう」だし、「女々しい」イメージ。そんな言葉は受け入れられませんでした。

 

でも、鎧のように守りで固めていた偽物の自分は、本当はとっくに悲鳴をあげていたのです。

その証拠に、摂食障害を発症してしまったのです。

誰にも言えなかった いじめ・無視 

物心ついた頃から女の子の集団が苦手、無視やいじめも経験。

友達に気を使い、親に気を使い、先生に気を使い、まわりの顔色や考えていることがわかり過ぎる。

心の中は、他人とは比べられません。

「人と同じ」はずなのに「私だけ苦しい」。人間関係がうまくいかない理由は、自分のダメさにあるのだとずっと責め続けていました。

恋愛も長続きせず、好きになると相手のことで頭がいっぱいになる。

不自然な態度に相手からは煙たがられて、遠ざけられるの繰り返し。

 

幼い頃から抱き続けていた満たされない気持ち。愛情を満たす代わりに、食べ物を詰め込んでいたのだとわかったのは、ずっと後になってからでした。

 

心理学のスクールに行き始めた頃は、自分が病んでいるという自覚すらなくなるほど、摂食障害は習慣化していました。

親にも友達にも言えず、専門家にも相談せずに1人で抱え込んでいたせいか、治るまでにだいぶ時間がかかってしまいました。

HSP(Highly sensitive person)を知ってからは、自分と人との違いについても納得できました。)

 

お客さまに喜ばれたことは?

お客さまご自身が想像している答えとはまったく違う角度から、お客さまの良さを見つけて引き出すので「目からウロコです」と言われます。笑

「職場でのコミュニケーションが楽しくなりました!」「職場で愛されキャラだったなんて、気づきませんでした」「職場の人から相談されるようになりました」このような声をたくさんいただいています。

職場の人間関係がしんどい時は、転職だけが答えではありません。

失恋続きなのは「男運」では、ありません。人間関係のしんどさも、カウンセリングで変えていくことができます。

他人は変えられなくても、自分の「特徴」と「良さ」を知って活かす方法があるんです。

 

自慢できることは?

カウンセリングでは、お客さまから「自然と話したくなる」と言われる雰囲気と、お客さまの良さを引き出す《分析力》と《直感力》に自信があります。

五十嵐にとって生きやすい宮古島に移住してからは日々、青い海と空の下で感性に磨きをかけています。

建築業界では大型建築の設計をしていた経験から、お客さまの問題や状況をわかりやすく整理整頓したり、最短で進める人生プランの提案も得意です。

 

カウンセラーになるまで

2010年 大手カウンセリングスクール(カウンセリングサービス)所属プロカウンセラーとなる。

2011年 長年勤めた会社を清水の舞台から飛び降りる覚悟で退職。憧れだった宮古島へ短期間のつもりで移住

2013年 短期間のつもりが気づけば2年半の宮古島生活にピリオドを打ち、東京に帰る。

2015年 カウンセリングサービスから独立。
一度受けるとファンになると評判でリピート率が高く、これまで延べ2000名を越えるお客様のカウンセリングをさせていただいています。

2018年7月 東京都心から宮古島へ移住。

こよなく愛している宮古島の海と自然と、島の人たち。

安定した職場から離れて離島に移住するなんて、保守的で、家族と老後のためだけに働いていた過去の私からは想像もできないような人生の歩みそのものが宝物です。

今が幸せだからこそ、重い過去も笑って話せます。経験した人にしか、わからない気持ちがあります。本やネットに載っているやり方ではうまくいかないのは、一人ひとり違う「自分の良さ」の引き出し方を知らないからなんです。

「カウンセリングやセラピーってなんだか怖い・・・」

その気持ちがわかるからこそ、申し込んでくれたお客様一人ひとりに丁寧に寄り添い、心の声に耳を傾けます。

 

5000時間以上のセラピーと、リピーター様の人生を見てきたからこそ、いえることがあります。

あなたの人生は、変えられます。

五十嵐

どうして宮古島なの?

初めて宮古島に来たのは13年前。母親を連れて、3泊4日の旅行でした。

現地でなんとなく参加した伊良部島ツアーで(伊良部島→当時はフェリーで20分。いまは橋でつながりました)

初めてのシュノーケル 。

初めての17END。

色とりどりの魚が、目の前を泳いでる! 

カレンダーみたいな景色が目の前に広がってる!

う、海が透けている〜😆✨✨

栃木と東京しか知らなかった私にはひっくり返るくらい、衝撃的な光景でした。「わ、私もう、天国に来ちゃった?」本気で目を疑うほど。

その後は、沖縄本島、石垣島、竹富島,小浜島、与那国島…

何度か行きましたが、どうしても宮古島のことが忘れられないのです。TVを見て、雑誌を見て、ネットを見て…「宮古島の何が良かったの?」と聞かれても、答えが見つからないんです。

もうね、恋だと思う。合コンで、数人の男性と話しても、1人だけ、忘れられない人がいた😍みたいな。(例えがおかしい⁉️

石垣島がいいという人もいるし、他の島に魅力を感じる人もいる。その中で、たまたま私は宮古島だった。という感じ。

全然答えになっていないんですが😅


(後日談)

母親を招待した宮古島旅行でしたが、後になって費用が全額戻ってきたのです。全く別件で、会社の経費清算の手違いがあって結果的に、旅行代とほぼ同額の臨時収入がありました。

当時は、移住なんて1ミリも考えてなかったんです。(続く予定)

 

 

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